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2006/01/06

第57章 ポチのいない我が家

 平成16年8月17日、現実にはいないポチを後部座席に感じて、私達は車を我が家へと走らせた。
 互いに「クヨクヨしても仕方ないから安全運転を心掛けて!」と声を掛け合うのだが、如何せん単純な高速道路の運転である。ついつい余計な事を考えて、不覚にも目頭が熱くなるのであった。

 運転中の私に、助手席から家内が、「えっ!泣いてるの!?」と声を掛ける。
 「泣いてなんかいないよ!」と私。「危ないっ、次のサービスエリアで運転変わる!」と家内。
 ところが家内が替わって運転を始めても、やはり同じ状態になってしまう。私達はその度にサービスエリアに入り、「事故でも起こしたら本末転倒だからね!」とお互いを叱咤しながらの家路であった。
 大津サービスエリアでは、レストランで琵琶湖を眺めながらゆったり朝食を取る事が出来た。家内は「ポチがいないお陰だね、」と涙声で強がりを言った。こうして、やっとの思いで辿り着いた我が家であった。
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 荷物の整理をした後、何時もなら、お隣に帰宅した旨の挨拶にいくのだが、この時家内は「どうしよう、涙が出て来て話にならないよう、」と言って直ぐには行かなかった。しかし夕方になって、「もう大丈夫、落ち着いたから・・」とお隣へ行ったのだが、ポチの事を何時も気に掛けてくれている、奥さんの「あれっ、ポチは・・?」の声だけで号泣したのであった。翌日、田舎の手土産をもって、近所の友人達の所に出かけた家内は、その都度号泣してしまったようだ。

 私も家内も、仕事が始まり、仕事に夢中になっている方が、気が紛れ楽であった。そんなある日、テレビを見ていた家内が、「私達って甘いよね!老いた犬がいなくなったことでもこんなに辛いのに・・、可愛い子供が拉致された人達の心の叫び・・、私は自分の痛みとして感じてなかった、恥ずかしい!」と言い出した。私も同じ思いであった。ポチとの生活は心の安らぎや、暖かさを味合わせてくれたが、最期にポチは私達に、人間としての優しさ、思いやりを、気付かせてくれたのであった。

 暫くして家内は、何時もお世話になっていた獣医師のN先生に、これまでのお礼を兼ね、ポチの事を報告に出かけたが、先生が留守の為、女医先生やスタッフの方に挨拶して来たとの事であった。
 翌朝、我が家に掛かってきた電話に出た家内が、暫くして泣きながらの応対となった。ポチがいなくなった事にびっくりされたN先生が、「地元の保健所は?警察は?」と、色々アドバイスの電話をしてきて下さったようだ。有り難い事である。家内は、あらゆる手立てを講じたことを、丁寧にN先生に報告したのであった。

 私達はポチを通じて、本当に色々な方々から思いやりや暖かさを頂いた。本当に感謝の気持ちで一杯である。私がこのブログを立ち上げたきっかけの一つは、家内が書いたポチの詩である。次回は家内の詩を・・・
                                   つづく

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コメント

tibisatoさん、コメントありがとうございます。
平成16年の夏8月、老犬(16歳)になったポチと出来るだけ一緒にいてやりたいと思い、私達の郷里へポチを連れて帰省したのが、今思えば悔いが残ります。
あの夏から、今年で2年を迎えようとしていますが、彼の情報は残念ながらその後ありません。
ポチとの思い出を風化させたくなく、このブログを始めましたが、いつまでも引き摺っていては、ポチに笑われることになります。いつかはけじめをつけなければいけないと、思っていました。
また新しい生命を養う機会が与えられたなら、ブログも再開したいと考えていますが、犬の寿命からして、15年後には70歳に手が届く私のことを思うと、さて思案のしどころです。

投稿: 益樹 | 2006/04/11 20:53

行方不明の犬を捜し歩く、見つからない、虚しさ
どうしていることかと思う気持ちとてもよく理解できます。
私も同じ経験をしたものです。
検索でこのブログを拝見しました。
その後の情報は無いのでしょうね。
続きを是非お書きいただきたい。
私のところはもう一匹いましたが、その犬の悲しみは人以上のものでした。連れ合いをなくすることはこんなことなんだなあーと感じています。


投稿: tibisato | 2006/04/11 10:49

ののママさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
確かに頭の中で、いつか別れが来ると分かっていても、分かれ方が通常の状態でなかったこともあり、辛い日々でした。しかし、ポチの思い出を記録することにより、心の区切りはつけないといけないと思っていました。
一段落してから、今後のことをゆっくり考えたいと思います。

投稿: 益樹 | 2006/01/09 15:07

前回も、そして今回の記事も、益樹さんと奥様の深い悲しみが伝わってきて、涙が止まりません。
いつか別れはあると頭でわかっていても、ポチちゃんの場合、予想外の出来事だったので、耐え難い辛さだったことでしょう。
昔、実家で飼っていた40キロのチャウチャウ犬が死んでしまった時、仕事の休憩中も涙が出てしまう時期がありました。犬のいない玄関はあまりにも寂しすぎて、悲しくて、もう絶対犬なんて飼わないと思っていました。あれから10年あまりでのんのんに出会い、また幸せを貰っています。ポチちゃんのブログが一区切りついて、いつかまた益樹さんご夫婦がワンちゃんとの生活を楽しめる日々がくればいいなあ、と祈ってます。

投稿: ののママ | 2006/01/08 23:09

ばあやんさん、こんばんは。
ポチが若くて元気な頃は、ポチが何時かいなくなることは、頭では分かっていても、実感は全くありませんでした。老犬になって、いよいよ別れが近いことを悟って、初めて実感が伴いました。それでも実際にいなくなると、やはり家族の一員を亡くした気持ちで一杯でした。犬は飼い主に対し、身も心も全力で接してくれるので、その反動が大きいのかも知れません。

投稿: 益樹 | 2006/01/08 21:43

ご実家から買える道々、ポチちゃんのことばかり考えて涙が出てくるお気持ちが伝わってきました。
主人は、犬がなんらかの事故や病気でいなくなることはいつも考えておかなくてはいけないと言いますが、犬がいなかったら生きていけないなどと言っています。
それほど犬の存在感は大きいものだと思います。

投稿: ばあやん | 2006/01/08 08:02

幸さん、コメントありがとうございます。
先生に報告に行くのも、なかなか行きにくいことでしょうが、気長に構えて、その踏ん切りが付いたとき行かれれば良いのではないでしょうか。
ブログの件ですが、一応のけじめはつけなければいけないと思っています。但し、何か違った形でブログを続けることが出来ればいいな、とも思っています。

投稿: 益樹 | 2006/01/07 20:48

こんにちは。実は私はまだお世話になった病院の先生にご挨拶していないんです。もう三ヶ月になるというのに。

亡くなって一ヶ月くらい経った頃、わざわざ電車にまで乗って、一度病院の近くまで行ったのですが、なんだか素通りして帰ってきてしまいました。今も懸案事項です。

私のブログもそうなのですが、益樹さんのこのブログが今後更新されなくなるのだとしたら、とても寂しいです。

投稿: 立山 幸 | 2006/01/07 15:08

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