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2005/12/23

第55章 ポチを捜す日々(2) 

 ポチが失踪してから二日経ち、手掛かりのないまま8月14日土曜日の朝を迎えた。この日も容赦のない日差しが、朝から照り付けていた。
 何かポチを捜し出す良い手立てが無いものかと考えた私達は、実家の庭の道路に面した角地に、迷い犬の看板を立てることにした。

 近くのホームセンターが開店するのを待ちかねて、早速私は、板、杭、ペンキ、筆(細い刷毛)等の材料の買出しに出かけた。幅45cm、縦90cm程の合板に、油性ペンキで迷い犬捜索の文字を書き、板の裏に杭を打ち付け、それを角地に打ち込んで立てた。板には大きく、「迷い犬を捜しています。名はポチ、年齢16歳、毛色は白地に茶の斑点。老犬のため、目と耳が不自由です。どんな些細なことでも結構です。お心当たりの方は左記にご連絡下さい。」と書き、私の実家の電話番号を記したのであった。
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 この看板を立てている最中にも、幾人かの通りすがりの人達が文字を読み、「あー、大変ですね、早く見つかると良いですね、」と声を掛けてくれたり、二日前から捜していることを知っている人は、「まだ見つからないですか、
頑張って下さい、」と気遣ってくれたのであった。人の優しさが心に響いた日々であった。
  
 前回の記事でも書いたことであるが、ポチを捜すため何か体を動かしている間は、ぽっかりと空いてしまった心の穴を忘れることができたが、その行動が終わった途端、何ともいえない、居ても立ってもいられない不安感と失望感が頭をもたげてくるのであった。その不安感を払拭するため、この日も何度も甥の自転車で周辺を走り回った。そして思ったのは、このままポチが見つからないのであれば、この暑さの中、幾日も苦しむことなく早く眠るように逝って欲しいということであった。

 翌8月15日の日曜日午前中、私達は、家内の兄弟姉妹家族が集まっている、家内の実家へと向かった。お互いの実家は車で15分ほどの距離であり、家内の実家からでも、ポチを捜すこと自体に、全く問題はなかったのである。私は実家を離れるにあたり、親兄弟達に、くれぐれもポチのことを宜しくとお願いし、何か情報が入れば連絡をくれるようお願いしたのであった。

 家内の実家では家内の兄弟姉妹が、お昼のご馳走の準備をしながら、私達の到着を今かと待ってくれていた。
到着し、まず久しぶりに会った挨拶を交したが、誰言うとなく「あれっ、ポチは?」と問いかけてきた。私達は先日来の経緯を辛いながらも話さねばならなかった。家内の姉妹の中でも特に、12日に私の実家に行く前に一度家内の実家へ立ち寄ったとき、私達を迎えてくれた近くに住む義姉は、「なんでっ!あんた達、こんな所に来ている場合と違うよ!早く捜さないと!」と言ってくれた。彼女は、家内が父の看病のためポチを連れて何度も帰省したとき「ポチッ!ご苦労さん、」と言って、何時もポチを労ってくれた人である。
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 義姉には、実家の周辺を何度も捜したこと、看板を立てたこと、保健所、警察等の関係機関には届け出ていること等々話したのであった。それでも義姉の言葉に従い、昼食まで捜すことにした。そして海外に住んでいてお盆で帰国していた姪が、「私も一緒に捜してあげるよ!」と言ってくれて彼女の車で捜しに行くこととなった。

 3人で、こんな所にはポチは行かないだろう、という場所までくまなく捜したが、やはりポチを見つけることはできなかった。広い田んぼ中の農道に立ち尽くし、夏の風に吹かれながら、せめて亡骸だけでも見つけてやりたいという思いに、心が変わって来たのを自覚した私であった。
                              つづく

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コメント

ヒナタロウの母さん、コメントありがとうございます。
つらい思い出を、いつまでも引きずっていても仕方が無いということも有りますが、彼の思い出を忘れない内に整理して記録しておくことにより、彼が私たちの家族の一員として生き、色々な感動を与えてくれたことを再認識し、改めてありがとうと言いたい心境です。

投稿: 益樹 | 2005/12/27 09:10

こんばんは 益樹さん
ここに来ては、読み逃げと通していました。
どこを読んでも、益樹さんご夫婦の心の叫びが聞こえてきます。
「ポチちゃんの開き」 タローも同じようにえさを食べさ様子は、私たち夫婦も同じようになんとか食べさせたいと言う思いで毎日を過ごしたことを思い出します。
タローは元気なときにいなくなったことが何度かあります。
ポチちゃんのそれとは全然違いますが、時間と共に焦燥感が押し寄せてつらい思いは経験しました。
こんなに大事にされたいるにもかかわらす、ちょっとしたことで、老犬っていなくなるんですよね。残酷です。
ポチちゃんの最期は、安らかでお父さんとお母さんんに感謝しながら「虹の橋」を渡ったはずです。

投稿: ヒナタロウの母さん | 2005/12/26 21:41

幸さん、コメントありがとうございます。
幸さんの「虹の橋の雨降り地区」の記事、拝見しました。いつまでも悲しみにとらわれていてはいけないことを、改めて認識いたしました。きっと天国でポチどうし遊んでいるような気がします。
生前感動を与えてくれた動物たちに、私たちが感謝しながら生きることが、彼等が最も喜ぶことだと思います。
このスケッチは、私の甥(家内の姉の息子)が7、8年程前に描いたものです。彼は小動物、昆虫などを題材として描いています。時々小規模ながら個展もやっていますよ。

投稿: 益樹 | 2005/12/26 16:30

とうとうお話がここまできてしまって、本当に胸が苦しいです。せめて益樹さんのポチくんとうちのポチが天国で一緒に遊んでくれていたら・・・と思います。

挿絵をお描きなったのも益樹さんですか?

投稿: 立山 幸 | 2005/12/26 14:54

ばあやんさん、いつもコメントありがとうございます。
この時期に考えていたのは、とにかく苦しまないで欲しいということと、何処でどのような最期を迎えたのかをせめて知りたいということだけでした。

投稿: 益樹 | 2005/12/24 11:02

せめて亡骸だけでも・・・という思いが頭をよぎるようになって来られて、目頭が熱くなりました。
見つからないのならせめて苦しまずにと思いますね。
回りの皆様の温かなお気持ちがありがたいですね。

投稿: ばあやん | 2005/12/24 07:38

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