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2005/11/21

第51章 ポチとの最後の旅行

 平成16年の夏、お盆の帰省の時期を迎えて、私達は、ポチを例年のように、田舎に連れて行くか否かで大変に迷っていた。
 
 体力的にかなり弱っていたポチを、N獣医師の所で預かってもらえれば、専門家の管理下で安心ではあった。
 しかし、ポチの最期には立ち会ってやりたい私達にとって、万が一私達の帰省中に、ポチに最悪の事態が訪れた場合、帰省先の京都府と自宅がある神奈川県では、余りに距離があり、彼の最後の瞬間に立ち会えない事態になりはしないかという、恐れを抱いたのであった。
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 色々二人で悩んだ末、できるだけポチの側に居てやることが、ポチにも幸せであろうとの結論を出して、彼を連れて帰ることにしたのであった。今になって思えば、この判断が、その後の悔やまれる結果の誘引となったのではあるが、この時点では分かるはずもなかった。
 更に私は、仕事上の関係から、この年、愛玩動物飼養管理士という、民間の動物愛護団体の資格を取得していて、夏に老犬の長距離移動を行うのは不測の事態を招く恐れがあり、避けるべきである、ということも知っていたが、それでも連れて行ったことに、後に大変悔やんだものである。

 8月12日の早朝、私達とポチは車で神奈川県綾瀬市を出発した。この年の夏は特に暑く、御殿場を過ぎる頃にはぎらぎらした太陽が高く昇り、容赦なく道路を照りつけて、早くも周囲の空気に陽炎を立ち上らせようとしていた。当然、エアコンは全開としていたが、ポチの車酔いを防ぐ為、後部左右の窓は15cmほど開けてあり、その隙間から、朝の熱風が流れ込んできていた。
 若い頃のポチは、窓の隙間から顔を出し、外の空気の匂いを嗅ぎながら、旅をしたものであったが、この日は、後ろの座席で、うつらうつらと寝ていた。
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 途中、2時間おきに休憩を取った。全て例年通りであったが、唯一、ポチが素早く歩けないため、家内が彼を抱えて日陰まで連れて行き、用を足させていたことであった。
 あるパーキングでは、まだ幼い少女が、ポチを見て「かわいいー!」と言ってくれた。私は「ありがとう、でも、もう、おじいさんなんだよ」と答えたことを今も覚えている。

 何回も休憩を取り、大小の渋滞も切り抜け、東名、名神と乗り継ぎ、国道9号線を丹波方面に下って、漸く午後2時過ぎに、まず家内の実家に着いたのであった。6年前に主(家内の父)を亡くしたその家は、普段は空き家でひっそりとしている。が、盆暮れは離れている兄弟などが集まり、一時の賑わいを見せるのであった。勿論、ポチはその中でも人気者であった。

 私達が着いたその日は、まだ誰も来ておらず、土産等を仏間に納めた後、私達だけで墓参りなどを済ませた。ポチも日陰を選んで散歩させた後、休ませた。その内、近くに住む義姉が来て、互いの近況を報告しあい歓談したのであった。その間ポチは、旅の疲れを癒すが如く爆睡していた。

 やがて4時15分前になり、義姉は買い物、食事の準備等の為帰宅することになり、私達とポチも今度は私の実家に向かい再び車を走らせた。
 私の実家は、家内の実家からは車でわずか15分の距離にあり、4時過ぎには無事到着したのであった。
 この時点で、8月12日は私達夫婦にとって、生涯忘れられない日となることは知る由もなかったのである。
                                 つづく 

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コメント

ののママさん、こんばんは。出来るだけ側にいてやることが、ポチの残り少ない生涯の中で、一番彼にとって良かれと判断して、連れて帰りました。その結果が裏目に出たとしても、仕方の無い事ことかも知れませんね。

投稿: 益樹 | 2005/11/25 01:14

愛犬の最期が心配で「側に居たい」というお優しい気持ち、よくわかります。
ポチちゃんは、8月12日の旅行は一緒に行けて嬉しかったと思いますよ。思い出ある帰省先に行けて、楽しい記憶を辿っていたのではないでしょうか。
ポチちゃんの一生の感謝の気持ちが、この先の出来事につながるのかも知れませんね。

投稿: ののママ | 2005/11/24 22:06

ばあやんさん、こんばんは。いつもコメントありがとうございます。ぎりぎりのところでの判断は難しいものがありますね。結果が悪い方へ行ったにしても、その時その時で最良と思って判断したのですから、あまり悔やまないほうが良いのかも知れませんね。

投稿: 益樹 | 2005/11/22 22:03

hutujiさん、コメントありがとうございます。
私の実家でも、家内の実家でも、何代かの犬を飼ってはいましたが、やはり、私も家内も克明には記憶していません。最期の様子も覚えておりません。ただポチは、私達にとって二人で初めて飼った犬なので、以前のそれとは状況が違うと思います。
犬の人間社会との共生の状況も、以前よりも格段に密接な関係になって来ており、殆んど擬人化された犬も有るようです。
それだけ日本は平和なのかも知れませんね。

投稿: 益樹 | 2005/11/22 22:00

最期の判断と言うのは、本当に真剣に考えますね。
実家のポメラニアンも長生きしていましたが、最期は大変苦しそうで、安楽死を選んだ方が犬のためになるのかどうか、悩んで悩んで、悩む毎日でしたが、結局自然死になって、ほっとしました。
実家の母は、最期はずっとつきそっていたようです。

投稿: ばあやん | 2005/11/22 07:25

久しぶりに拝見させてもらいました。
49章の「ポチのちゃぶ台」から51章までの3章分の間のご無沙汰でした(笑)
我が家では犬を飼い続けて来ていますが、それぞれの犬の最後を、益樹さんのように克明に記憶していません。
いつの場合も、散歩等の世話は戌年の夫に任せているところが大でした。
それに屋外犬だったから、それほど手をかけなかったのかもしれません。
今のコロは家の中で飼っているので四六時中目に付き、手抜きすれば家の中が荒れ放題になってしまいますものね。
まだまだ、犬の様子というよりも、部屋が荒らされないように変な気ばっかり遣っている私なのかな・・・
益樹さんのブログを拝見していて、いつも飼い主たる自分を反省させられます。

投稿: hituji | 2005/11/22 02:26

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