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2005/11/15

第50章 悲しき「ポチの開き」

 ポチは、暫く私の手作りの「ちゃぶ台」を重宝して使っていたが、体の衰えは止めるべくもなかった。
私は更に、ポチの体を支える台を作り、ポチが食事中その台を、お腹の下にあてがうことも試みたが、上手くいかず、その台は廃棄となった。

 ポチはヨタ付きながらも、自力でどうにか餌を食べることができたが、その内、両足がスーと外側に開いて行き、バランスが取れなくなって、餌を入れた容器に頭からゴットンと、突入してしまったのである。食事をしていた家内が「アッ!」と声を上げ、ポチを支えるため駆け寄ったが、間に合わなかった。ポチの開きである。「悲しいねぇ~、ポチ!」と言いながら、家内が体を起こしてやる。私も、やせ衰えたポチの体を支えてやると、手に触る肉の落ちた骨の感触に、嗚呼!と、びっくりさせられたのであった。
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 我が家のリビング及びキッチンはフローリングである。年老いたポチにとっては滑りやすく、立てなくなってしまったのである。滑らないようにと、綿製のカーペットを敷いたりもしたが、足腰の筋肉がすっかり落ちたポチには、効果がなかった。

 この頃は、食べられる餌の量も、極端に少なくなっていた。ポチが餌を食べている間、家内は彼の体を支えてやっていたが、やがてポチは、餌の容器の中をじーっと見ているだけで、自分からは食べようとしなくなった。家内が手で、ポチの好きな肉や人参を彼の鼻先に持っていって、漸く少し食べるという生活が続いた。どうやら目も余り見えていないようであった。
 
 私達は、「犬は鼻さえ利いていれば、嗅覚のみで行動できるはずだから・・、ポチも耳が聞こえなくても、目が白く濁って見えなくなっても、大丈夫なのではないか」と、意味も無い事を話し合ったものであった。
 だが、その内に、鼻先にポチの好物を持っていっても、反応を示さなくなってきた。家内が「ハイ、ポチ食べて」と口の中に押し込んでやって、始めて咀嚼するという状態になったのである。

 行動面からもポチは、ヨタ付く足で部屋の隅の角に行き、角に顔を突っ込んで、ボーっとしたままになって来た。家内が「ポチ!何考えているの、」と言って、彼の体をポンポンと叩いても、何の反応も示さない。
 その内、粗相も目立ってきた。小の方はオムツで何とかしのいでいたのだが、大の方は如何せん、大変である。 家中あちらこちらで粗相をされると困るので、私達両方が仕事で留守にする時は、洗面所を彼の居場所にした。

 洗面所に、捨てても良い敷物を敷き、ドアは閉めずに、替わりに柵をして区切り、そこにポチを入れて仕事に出かけたのであった。これであれば万が一大の粗相をしても、汚れた敷物を処分するだけで済むのであった。

 こうして平成16年の春が過ぎ、やがて夏を迎えることとなった。ポチは冷房付きの洗面所の個室で、最後の夏を過ごすことになるのである。
                               つづく

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コメント

ばあやんさん、こんばんは。
いまさらながら、やせ衰えたポチを思い出すと、胸に込み上げるものがあります。若い頃はズシッとくる重さがありましたが、老いてからのポチの軽さにも寂しいものがありました。
それでも長い年月を一緒に過ごした大切な家族で、楽しい思いでをいっぱい残してくれたことに、感謝しています。

投稿: 益樹 | 2005/11/16 22:46

2歳でやってきた元気者のポチちゃんが、人間よりも早く老化が進んで、肉が落ちてしまって、だんだんと自分の頭も体も支えられなくなっていく姿は痛々しいですね。
心臓が悪くなっていたので、本当に苦しい晩年だったでしょうね。
元気がなくなっていくのを見るのはつらいですね。

投稿: ばあやん | 2005/11/16 09:06

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