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2005/08/29

第38章 ポチの逆襲

 ポチを連れた家内の帰省は、介護をする義父が、肺炎を併発したことにより、思いも掛けず早く、終焉をむかえた。

 当時、毎年私と家内は、梅雨明けの7月、二泊三日程度の夏山登山を楽しんでいた。家内は、義父の介護中であったが、容態が安定していたこともあり、この年平成10年も、お世話になっているN獣医師にポチを預け、白馬鑓ヶ岳、白馬杓子岳、白馬岳を縦走した。
 
 登山中に、義父の容態が悪くなることを恐れた家内は、事前に義姉を通じ義父に、登山するか否か聞いてもらったが、「登山して大いに楽しんでくれば」との返事をもらい、出発した次第であった。
 白馬岳では、ブロッケン現象を見ることができたり等、私達は大いに夏山を楽しんだが、帰宅した翌日、義父の容態が良くないとの連絡が義姉から入り、急遽家内は、ポチを連れて帰省したのであった。
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 帰省した家内から、義父の容態が落ち着いてきたとの報告があり、多少安心していたが、前述の通り、肺炎を併発し、容態が急変したのであった。そして危篤の急報を受けた私は、私と家内の実家がある京都府へ発ったが、途中義父の逝去を知ったのであった。

 私は葬儀を終え、一段落の後、一足早く帰宅したが、家内とポチは、諸雑務を終えてから帰宅する事になった。そして、家内とポチの最後の復路で、ポチの大反抗が起きたのである。
 家内の父を失った傷心を、ポチは弱気とでも感じたのか?それとも、ゲージで運ばれる彼の辛さを、最後となる復路で訴えたかったのか?・・
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 いつもは義姉に、園部駅まで送って貰うのだが、この時は、後始末に忙しい義姉の替わりに、甥夫婦と子供が、駅まで送ってくれた。
 「改札まで送ってあげるよ!」と言ってくれたのを断り、彼等を引き取らせ、家内は一人でポチを、駅前広場で散歩させた。
 いつもであったなら、この駅前広場で、厳しい義姉に睨まれながら、ゲージに入れられるポチだが、この日、傷心の家内は、ゲージに入れたポチを、改札のある2階まで持って上る気力が、湧かなかったのであった。

 改札までの階段を、この時のポチは歩いてあがった。そして、家内は、改札の前の通路でポチをゲージに入れようとするが、頑として入ろうとしない。電車の時間が迫って来る・・、ポチの抵抗は納まらない。
 猛暑の7月であった。家内は全身汗まみれになる、その汗にポチの毛がまとわりつく、体中毛だらけになった。時間は刻々過ぎてゆく、そして電車は行ってしまった。

 家内は泣き出しそうになりながら、少々手荒にポチをゲージに押し込む、しかし今度は、ゲージの上半分と下半分を結合させてある留め具が、外れてしまった。
 苦労の末ようやくゲージに入れたポチを外に出し、ゲージの組み立てをやり直す。
 この時だけは家内も、[もう~ダメッ!!」と思ったそうだ。
 次の電車に間に合わなければ諦めようと、ゲージを組み立て直し、再度ポチとの格闘の後、漸くポチの根負けとなりゲージに納まったのであった。一時間半の格闘であった。

 新横浜に着いた家内は、さすがに精魂尽きた!と言う顔をしていた。山陰線、新幹線の中で大人しかったポチにどうにか救われたとの事であった。
 家内に従順なポチが、あれだけ逆襲に転じたのは、ポチにとってゲージに入れられての旅は相当辛いものだったのであろう。
 
 現在、中に入るべきペットが、いなくなったそのゲージは、自宅の物置の中で、私の日曜大工の木材の端切れ入れとなって、余生を送っているのである。
                                    つづく

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2005/08/27

第37章 ポチのエピソードⅤ 新幹線編

 ポチにとって、新幹線、山陰線の、狭いゲージの中の旅は、大人しく利口にしていたとしても、かなり辛いものだったらしい。
 
 それは、何回目かの旅のことであった。いつものように、車で新横浜駅まで家内とポチを送り、駅前周辺でポチを散歩させ、いざゲージに入れようとした時、ポチはさっさと車に乗ろうとした。
 家内が、ポチ用の手荷物切符(ペットは手荷物扱い)を買い、ポチをゲージに入れようとしても、彼は私に絡みつき、頑としてゲージに入ろうとしない。
 ポチは私の事を、何でも言うことを聞いてくれる甘い人とみていて、私に媚びれば、何とか窮地を救ってくれると思っていた様だ。
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 家内は、「ダメッ!もっとビシッとしなければ!」と、何度か私に言った。その内、業を煮やした家内は、「もういいわ!帰って!貴方がいると、ポチがゲージに入らないから!」と言った。
 私は後ろ髪を惹かれながら、家内とポチを、新横浜の駅前広場に残して、車を発進させた。ポチは必至に、車を追いかけようとしたそうである。
 私がいなくなり、ポチも観念したのか、ささやかな抵抗の後、ゲージに入ったのであった。

 数度の新幹線での往復中に、家内とポチの、幾つかエピソードが生まれた。
 車内に空席があっても、家内はデッキにいて、ポチに話かけたり、ゲージの隙間からポチに振れてやったりしていた。そして、京都駅が近付いたときは、降車する人達がデッキに集まりだす前に、ポチの入ったゲージを抱え、開くドアの反対側のドアに行き、最後に降りる準備をした。
 ある時、開くドアの反対側にいた家内に、見知らぬ中年の女性が、声をかけてきた。「Sさんの妹さんですか?」「ハイ・・そうですが?・・」と家内が答える。なんと、その女性は、いつも山陰線の園部駅まで迎えに来てくれる、義姉の職場の同僚との事であった。

 「お姉さんが職場で、犬を連れて何回も帰省する貴女のことを、お話されてましたので・・!そうかな?と思いましたので・・・でもこんな大きな犬だったとは!」「お姉さんが感心してらした意味が、良く分かりました。ご苦労様です。」と、色々優しく言葉をかけて下さった。

 また、あるときは、新幹線が混み合い、デッキにも人がいっぱいになったとき、布で包んだポチのゲージに腰掛けていた家内は、60歳過ぎの年配の婦人に、「私もその箱の半分に、腰掛けさせて貰えませんか?」と、お願いされた。
 家内が「中に犬がいるんですが・・、犬は大丈夫ですか・・?大丈夫なら、どうぞ」と答えると、「えっ!(?_?)・・犬がいるんですか?」とビックリされた。
 婦人は、「見ていいですか?」と、カーテンの隙間から覗き、「へぇ~犬ねぇ~、まぁ、大人しい事」と、しきりに感心されたのだった。義父の看護のこと等、二人はゲージに腰掛けながら、名古屋まで話が弾んだそうである。

 他にも些細な思い出はある様だが、家内が「あの時は泣きそうになった!」というエピソードは次回に!
                                  つづく

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2005/08/21

第36章 ポチのお見舞い訪問(2)

 ポチは、家内の父のお見舞いを果たした。
 実父の介護を終えた家内には、今度は自宅までポチを連れて、帰りの旅が待っていた。

 義姉に、山陰線の園部駅まで車で送ってもらい、駅広場で散歩を済ませた後、ポチはゲージの中に入る。
 「さぁ~ポチ!ゲージに入るよ!」と、家内に声を掛けられたポチは、ささやかな抵抗を試みたが、実父に対してさえ厳しい、怖い鬼姉妹二人に睨まれたポチは、渋々ゲージに入る。
 
 山陰線でも、新幹線でも、大人しく旅を終えたポチは、日曜日の午後、新横浜駅に着いた。私は、新横浜駅で、家内とポチを出迎える。そして、ポチが入ったゲージを、新幹線の改札口で、家内から受け取ったが、相当の重さがあったことを、今でも覚えている。
 
 新横浜の駅前広場でポチをゲージから出してやる。
 famillyポチは、「ひどい目にあったんだよ!出してくれてありがとう!」とばかりに、私の顔を舐め回すのであった。
 空になったゲージを担ぎ、ポチを連れ、駐車場まで歩く。家内は背にバックパックを背負っている。自宅までのドライブ中ポチは、疲れが出たのであろうか、後部座席で熟睡していた。


【義父、義兄、義姉、甥、姪、家内、ポチ、次郎 H7年正月撮影】
 
 次の月には、建て替え中であった、義姉の家が竣工し、義姉夫妻は実家から引っ越した。
 如何に気丈な義父でも、リハビリしながらの一人暮らしは無理であり、予ねての計画通り、ショートスティ施設を利用しながら、兄姉妹全員での介護のスタートとなった。

 何年続くか分からない介護であり、家内を含めた兄姉妹全員の負担を考え合わせ、家内は月に一度ポチを連れての、新幹線を利用した、介護訪問をスタートさせたのであった。

 義父からは犬を飼うことについて、色々なことを教わった。
 「家族の一員とはいっても、犬は犬、人は人、本質が違うので、そこを、きちんとわきまえなければいけない。人様に笑われる飼い方はするな!」との義父の教訓であった。
 ポチが家内の実家に訪問した時も、義父はポチに対し、「ポチッ、ご苦労さん!見舞ってくれてありがとう!」と、毎回声を掛けてくれたものであった。

 義父は、子供達にも負担を掛けまいと、ショートスティに行くのにも、積極的であった。頑固ではあったが、思いやりのある、面倒見の良い義父であった。

 家内の、ポチを連れた、新幹線による介護の帰省は、この後3往復にて終了となってしまった。残念ながら、義父との永久の別れが、待っていたのである。平成10年の夏のことである。
                                  つづく

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2005/08/20

第35章 ポチのお見舞い訪問(1)

 新幹線と在来線を乗り継ぎ、京都府の片田舎までやってきたポチは、道中不安だらけであったであろうが、顔見知りである義姉の迎えの車の中では、後部座席の上で安心しきって瀑睡していた。

 車が家内の実家の2~3キロ手前まで来ると、ムクッと立ち上がり、尻尾が上った。義姉が後ろを振り向き、「ポチッ、家に着くのが分かるの?」と不思議がっていたそうだ。
 
 余談であるが、私達が、盆と正月に、ポチを連れて車で帰省するときにも、同じ行動をしていた。また帰省先からの復路では、東名高速の厚木I.C.手前辺りで、ポチは窓の隙間から鼻先を外に出し、鼻をクンクンさせながら、我家が近い事を感じて、尻尾を上げ、窓の外の景色を懸命に見るのであった。
 家内と「どうして分かるのかな?景色じゃ無く、やはり風の薫りだろうな」と、いつも話していたものであった。

 さて、無事に家内の実家に着いたポチであったが、実家には、先住のオス犬がいた。義姉が5年前に、一人暮らしの義父の話相手にと、買い求めてきた、柴犬の「次郎」である。
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 昔堅気の義父に、幼い頃から厳しく躾けられた次郎は、大変気の強い犬に成長していた。子犬の時の次郎は、年上のポチにじゃれ付いていたが、成長してからは、自分のテリトリーにポチが近づくのを嫌がり、唸り声を発したのであった。
 ポチとしても、「なにっ!チビのくせにっ!」と言う気持ちがあるのか、お互い仲良しにはならなかった。

 義父の症状はといえば、環境を変えない為に入院せず、義姉夫婦が一ヶ月以上点滴に付き添いで通院してくれたお陰で、呆ける事無く、気丈に立ち直ってくれていた。
 ただ、脳梗塞で視神経にダメージを受けているため、見るもの全てが何重にも見えて、忍者の如くグルグル回るのは治らなかった。

 義父は、家の中を杖を頼りに、「このドアは本物!これは偽者!」と言いながら、歩く練習をしていた。
 食事の時も、リハビリのつもりで、義父の食べ物は小皿に入れ、何重にも見える小皿から、本物を自ら見つけ、食べてもらうようにしていた。テーブルの上に置いてある箸を、手に取るときから、何度も空を掴みながら、漸く本物の箸を掴める状態であった。
 「父のため、見て見ぬ振り!」心を鬼にした、厳しい娘の特訓がつづくのであった。
                                   つづく                  

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2005/08/11

ポチの休憩室

 我が家において、ポチが誰をリーダーと思っていたか、このブログを書き始めるまで疑問であった。
しかし、ポチの色々なエピソードを思い出し、整理していくうちに、忸怩たる思いではあるが、ポチは家内を我が家のリーダーと認識していたことは間違いないようである。
 
 そこで、私の事が問題であるが、日曜日以外、昼間殆んど家にいない私のことは、ねだれば何でも言うことを聞く、執事とでも思っていたのだろうか。
 
 犬社会では、群れの中で自分の順位を認識するといわれるが、どうやらポチは、自身は二番目と思い、私のことは同等か、下位と認識していたことも間違いないようである。

 <さて、我が家もお盆休みに入ります。お盆明けにブログを再開いたします。引き続き、ご愛読の程、宜しくお願い申し上げます。>

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第34章 ポチが山陰線に乗った日

 JR山陰本線は、京都駅から山口県下関駅まで続く、近畿地方と中国地方を結ぶ日本海側の在来線である。因みにJR西日本は、現在この路線を、おしゃれな呼び方で、嵯峨野線と呼称している。
 
 ポチを入れたゲージを抱えた家内は、やっとの思いで京都駅の山陰線のホームの端にたどり着いた。更に乗車位置まで家内は歩く。
 揺れる不安定なゲージの中で、ポチも体のバランスを取るため、懸命に足を突っ張るので、家内の首筋及び肩には、一層強い負担が掛かった。
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 乗車位置まで来てゲージを下ろした家内は、電車に乗るまでの間、再び紙コップに水を入れ、それを変形してゲージの隙間からポチに与えた。ポチは今度はその水を飲んだが、半分程の水は下にこぼれた。
 ポチはそのこぼれた水も舐めた。
 やがて、入って来た快速電車に乗り込んだ家内であったが、席には座らず、入り口付近の横の床にゲージを下ろし、下車駅の園部まで立って行くことにした。在来線快速電車のため、車内は結構混んでいたからである。
 
 途中、停車駅に着く度に、電車に乗り込んで来る人達は、ポチの入ったゲージ(見た目は結構大きなゲージである)を見て、「おっ、何だこれは、あっ犬が入っているのかっ」、「こんな大きな犬を、電車で運ぶのか、」、「まあ、可哀相に、こんな狭い所に容れられて、」などといった感じで、家内とポチに無遠慮な視線を送っていた。子供達は、ポチを見て、「あっ、犬だ~、可愛い~」と黄色い声を張り上げていた。家内は、周りの人々に気を使いながら、京都から約1時間、漸く園部駅に着いたのであった。

 園部駅に着いた家内は、体の前と後ろに荷物に挟まれたようになりながら、気力を振り絞り階段を昇って、改札までたどり着いた。
 田舎の駅のことであり、精算金を直接駅員に渡さなければならなかった家内は、一旦ゲージを下に下ろした。
精算後、家内はゲージを再び持ち上げることなく、両手で押しながら改札を抜けたのであった。

 改札を出た家内は、そこでゲージを開けポチを出してやった。狭い所からやっと開放されたポチは、尻尾を振りながら喜びを体全体で表し、家内に擦り寄ってきて、顔を嘗め回したのであった。
 家内も「ポチお利口だったね!」と愛おしさ一杯で、ポチの頭を撫でながら抱きしめてやった。そしてポチにリードを付け、軽くなったゲージを片手で持ち、駅前広場への階段を駆け下りたのであった。

 駅には義姉が車で迎えに来てくれていて、ポチに対し「ポチッ、お帰り、ご苦労さん!」と声を掛けてくれた。新横浜から一回も声を出さなかったポチは、義姉のねぎらいの声を聞いて初めて「ウオン!」と鳴いたのであった。

 水を飲み、駅の周囲をぐるっと散歩したポチは、家内と共に、義姉の車で義父の待つ家内の実家へ、更に小1時間のドライブをする事となったのである。安心したポチは、後ろの座席で漸くリラックス出来た様であった。
                                       つづく 

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2005/08/08

第33章 ポチが新幹線に乗った日(3)

 家内は、ポチを入れたゲージを駅弁のように首から吊り下げ、背中にはリュックを背負いながら、新横浜駅の新幹線の改札を抜け、ホームへ上るエスカレーターに乗った。ポチが入ったゲージは約16kgにもなり、家内にとって想像以上に重いものであった。

 ホームまで上った後、ゲージに付けたベルトを首から外し、ゆっくりと床に下ろした。この時、揺れる不安定なゲージの中で、ポチも懸命に足を突っ張り動くので、ゲージをゆっくり下ろすためには、スクワット状態で腰を落とすような姿勢になり、思いも掛けない力が要るのに家内は驚いた。スタートしたばかりなのに「こりゃぁ~この先、気合入れていかねば!」と家内は思ったらしい。
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 早朝なので乗客は比較的少なかったが、それでも「なんだ?こりゃ?」と横目でチラチラ見られる。新幹線に中型犬を持ち込もうとする人物に対し、好奇の目を向ける人達の視線を、家内は痛い程感じていた。
 「早朝の新幹線の中で、迷惑を掛けません様に!」必至で念じていた様である。

 やがて新幹線がゆっくりとホームに入ってくる。再度ゲージを持ち上げ、他の乗客が乗り込んだ後で最後に乗り込み、デッキにゲージを下ろした。ポチが初めて新幹線に乗った!・・と言うか、無理やり乗せられた日である。
 「やったぁ~!」デッキは家内とポチだけである。ポチはゲージに入ってから「クウォ~ン」とも「キャィン」とも一言も声を発していない。

 家内は、「ポチお利口だね!お利口だね!」と、ゲージの隙間から指でポチに触れながら、ポチを褒めまくった。ゲージの隙間から、水を入れた紙コップを変形させて差込み、ポチに飲まそうとしたが、この時は飲もうとしなかった。ポチも暫くしてデッキの様子に慣れたらしく、お座りの状態でリラックスしてくれたようであった。

 漸く落ち着いた家内は、リュックの中から古いカーテン生地を出してゲージに掛けてやった後、ゲージの上に腰を下ろし本を読める状態となった。そして、時折ポチに声を掛けてやるのであった。
 検札に廻ってきた車掌さんが、大人しくしているポチの様子を見て、「車内には空席が有りまよ。中でゆっくり座って下されば。」と勧めてくれた。ちょうどデッキから入ってすぐの席が空いていたので、ポチと共に移動して、リラックスした気分になった途端、ポチもその雰囲気を感じたのか、前足で遠慮気味に「ガリ、ガリ」とゲージを掻き、「出してくれ!」と訴え始めた。
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 家内が、「ポチだめよ!静かにして!」と小さな声で言ったが、「ガリガリ!ガリガリ!」と前足の動きは更に早くなってきた。静かな車内の中で家内は居た堪れなくなり、即デッキに戻ったそうである。
 デッキに戻ったポチは、名古屋駅に着いた時、周囲が乗降者でバタバタした時も静かなままで、無事京都駅迄辿り着いたのであった。家内はゲージを持ち上げ、「さぁ~ポチ行くよ!」と、新幹線を降り、山陰線ホームに向ったのであった。

 山陰線(現在はおしゃれに、嵯峨野線と呼ばれている)ホームは、当時「0番線」となっていて、京都駅正面(北口)から更に西に外れた位置にあり、八条通りに面した南口側の新幹線ホームからは、駅を横断するという相当長い距離がある。
 その上、山陰線のホームに下りるのに当時はエスカレーターが無かった(今はある)。

 体の前にあるゲージのため前が見えない状態の家内は、階段を転げ落ちないよう片手で手摺を持ちながら、首に掛けたベルトともう一方の片手でゲージを支え、反り返った状態で一歩一歩下り切って、漸く山陰線のホームに着いたのであった。

 この後何度か、ポチと共に新幹線通いが続いたが、後々家内は、この新幹線から山陰線までの距離が、肉体的に一番辛かったと言っていた。そして、この後、小1時間程の山陰線の旅が始まった。
                                       つづく

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2005/08/04

第32章 ポチが新幹線に乗った日(2)

 ポチを新幹線に乗せるため、出発前日に、ポチをゲージに入れる訓練を、自宅で始めた家内であったが、犬小屋にさえ入らないポチが、そう簡単にゲージに入るはずもなく、彼と家内とのバトルがスタートしたのである。
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 リビングの真ん中に、麻紐で頑丈に補強されたゲージを置き、ポチをジャーキーでゲージの前まで誘導しようと試みた。しかし、ポチは、いつもと違う雰囲気に警戒し、簡単に家内の作戦には乗ってこない。
 今度はジャーキーをゲージの奥に置き、家内はリビングから出て、外からポチの動きを窺う。ジャーキーを食べたいポチは、ゲージの回りをグルグル廻りながら、前足でゲージをガリガリ、ガリガリと引っかく。
 暫くして、ようやくポチがゲージの入り口に頭を突っ込んだ。(やったー!)と家内がニンマリしたのも束の間、ポチは頭だけゲージに突っ込んだ状態で、前足を思い切り伸ばし、ジャーキーをゲージの外まで掻き出してしまった。大好きなジャーキーをゲットしたポチは、両前足で抱えて、美味しそうに食べ始めた。失敗である。

 再度、ゲージの奥にジャーキーをセットする。今度は、家内は知らん顔をしそっぽを向きながら、ゲージの側で待機する。ポチが用心深くゲージに頭を入れた瞬間、家内はポチのお尻に手を掛け、ゲージに押し込んでしまった。
 「何をするんだよ!」とポチは、家内が閉めたゲージの入り口を、前足ででガリガリ掻き始めた。家内は「ゴメンねポチ!お願いだから大人しく入る練習をして!そうでないと、N獣医師(せんせい)の所でお留守番になっちゃうよ!」と、ゲージの隙間から指を入れながら、ポチの背中を擦ってやっていた。
 ポチも家内をじっと見ながら、その真意を感じようとしていた様子であった。

 さて今度は、ポチを入れたゲージを、家内がどの様にして持ち運ぶかである。ゲージ自体の重さは約3kg、そしてポチの体重は約13kg、合計16kgの重さになるのである。
 ポチ自体を抱くのは、容易なことだが、緊張して動き回るポチが入ったゲージを持ち上げるのは、女性には大変なことであった。

 私は「やはり無理だよ!出来るだけ面倒を見て、どうしても時間が取れない時は、N先生の所に預けるから、ポチは置いていけばいいよ。」と言ったが、家内は「父の介護生活は、何年続くか分からないので、今後のためにも、一番いいと思う方法には、1回は挑戦してみないと」とギブアップしない。
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 今度はボストンバックに付属していたショルダーベルトを見付けてきて、これをゲージに付けてくれ言い出した。どうやらベルトを首に掛ける為らしい。一旦ポチをゲージから出し、ベルトを付け足した。
 「うん!これならポチが中で動いても、振り回されにくいよ!」と家内・・・。再度、ポチをゲージに入れて試そうとするが、ポチは入ろうとしない。こんな状態で明日大丈夫か?・・不安であった。家内は「明日が勝負!」と・・逞しい。

 翌朝家内は、ゲージを提げた前だけが重いと、体のバランスが取れないとのことで、自分の必需品・ポチの水入れ・ポチの餌入れ等を詰め込み満杯になったリュックサックを背負うことにしたのである。
 新横浜から京都まで、朝一番の新幹線に乗せるべく、私は出勤前に、家内とポチを新横浜駅まで車で送って行った。
 家内がポチの切符(ポチは手荷持扱い)を買いに、窓口へ行っている間、私は駐車場付近で、ポチを散歩させてやった。家内が戻って来た。「さぁ~ポチ!出発だ!」家内がゲージを支え、私がポチを入れる役となった。当然にポチは、ゲージに入るのを嫌がった。
 
 私は最悪の場合、ポチを自宅に連れ帰る覚悟があったので、無理に押し込む事が出来ない。家内は「もっと真剣に押し込んでよ!!」と必死である。漸くポチも二人のパワーに根負けして、ゲージに入ってくれた。改札口までゲージを運んだが、男の私が持ってもかなり重かった。それを家内が体の前に提げ、リュックを背中に背負う。義父への愛情、私やポチへの思いやり!!・・頭が下がる思いであった。と同時に、腹を決めたときの女性の逞しさを実感したのであった。
 
 「ポチ!新幹線の中で大人しくしていてくれよ!」私は祈る思いで、ホームへと上っていく家内の、背中の大きな赤いリュックを見送ったのであった。
                                      つづく

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